大学の頃、ちょっと好きだった人がいた。
同じゼミで、発表で同じグループになったりもして、それなりに気軽に喋れたり、親しくはできてたけど、その人は速攻恋人を作ってゼミ公認のカップルになったので、私の「好き」は慎重にしまいこんでおいた。
何事もなく卒業間際になった。
卒論の提出まであと少し、という日、大学の図書館で、その人の鞄が盗まれた。
中に入っていたのは、財布とノートPC、これまで集めた資料。
書きかけの論文も資料も草稿も、何もかもなくなってしまった。ひどく落ち込んで泣きそうな顔をしていたその人に、私はたぶん、居合わせた教授や他の生徒と変わらない程度のなぐさめの言葉をかけたと思う。
財布も鞄もPCも、出てはこず、その人は結局、必死に資料を集め直して、どうにか卒論を書き上げた。
「すごく好きな作家なんだ」
卒論のテーマに選んだ作家が、中学の頃から大好きだったと言っていた。絶対に、この作家で卒論を書きたい。私たちが所属したゼミは、奔放な学校の中でも、ひときわ奔放なゼミで、普通の文学科なら通らないであろうテーマで、自由に卒論が書けた。
たしか映画化された恋愛小説作家で、ちょっと名前が変わってる人。
そのぐらいしか、私の知識はなかったから、あまりいい相槌は打てなかった。
ただ作家の印象的な名前だけ、時折、書店で見かける背表紙のタイトルだけを、心に引っかけて覚えていた。
大学を卒業して、その人とは会っていない。
もう、その人の下の名前も、顔も声も、記憶はぼんやり薄れて、はっきりしない。
覚えているのは、とても頭のよい人だったということ、ゼミの発表で、その人に褒められて嬉しかったこと、緊張感のある質問をしてくれて、面白かったこと。明るい笑い方と、はきはきした喋り方、身軽な動きと、他の生徒に呼ばれていた名字。どんなふうにその人が好きだったか、どこが好きだったかは覚えているけれど、本人の顔も名前も、たぶん再会しても、もう私にはわからない。
覚えているのは、その作家の名前。
彼が身近にいるうちには、一度も読んだことのなかった、作家の名前。
偶然みかけたブログの筆者のIDは、どことなく、その作家を連想させた。
毎日、更新されるブログを読んでいると、予感は確信に変わった。
しばらくして出た、その作家の新書を初めて買った。ああ、やっぱりこの人だ、文体と考え方は、そのブログと同じだった。
そうか。あの人は、この作家が書く世界が好きだったのか。
もう会わない、覚えてもいない、好きだった人の「世界」を知るために、私は毎日、そのブログを読んでいる。
誰のために? 大学時代の臆病な自分のために。